日本と海外の学術雑誌の違い

戦略としての論文投稿

論文の投稿にも色々な戦略がある。基本的に博士論文の各章は、章のすべてではないとしてもこれまで発表してきた論文から構成される。学術雑誌への投稿本数が博士論文の執筆資格の1つになっている大学は多い。それゆえ、博士の学位をとりたいと考えている学生はいかに早く、そしてどれだけ中身の濃い論文を世に送り出せるかを捻りださなくてはならない。大学や研究機関の紀要を除いても、日本には250以上の教育系学会があり、毎年1冊は学術雑誌を刊行している。それらは、査読があったりなかったり、査読者が1人だったり2人以上だったり、刊行にかかる時間が3ヶ月だったり9ヶ月だったり、査読者が投稿論文と同じ内容の専門性を持つ人だったりそうでなかったりする。だから、論文を早く公表したいのなら、査読がないか査読が甘い雑誌か、書いた論文の内容に関する専門性を誰1人として持たないであろう雑誌にねらいを定めればいい。けれども、論文の価値を正当に評価してもらいたいのなら、論文の内容を専門としている査読者から査読コメントとしてアドバイスをもらうとよい。

日本の雑誌にこだわらなくても、英語で書いてしまえばより多くの雑誌に投稿するチャンスが広がる。日本人は1億人しかいないが、英語を使用する人は10億人を超える。英語で論文を書き海外の雑誌に掲載されることは、論文の価値やインパクトを10倍以上に引き上げる効果がある。また近年、海外で英語論文を出すことが業績上の有利だとみなされている。したがって、わざわざ狭き門である日本の雑誌に投稿するよりも、海外の雑誌に投稿したほうが採択の確率が上がるうえ、論文を見てくれる人も圧倒的に多い。英文校正料や掲載料(APC)の支払いを投資だと考えて、自腹を切って英語論文を書き、採択され、業績を増やす人もいる。

だが、論文の出版プロセスは日本と海外とでは異なることに気を付けてほしい。その違いには思わぬ落とし穴やリスクがある。この記事では、日本と海外の教育系学術雑誌の違い、海外の学術雑誌に投稿するときに気を付けるべきことを紹介しよう。

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日本と海外の論文公表プロセス

日本で論文を掲載するときは、学会で研究発表をした後、その学会が発行している学術雑誌に論文を投稿し、査読を通過させ、出版にいたることが多い。場合によっては、学会の研究発表を省いたり、発表した学会とは違う学会が出版している学術雑誌に投稿することもあるだろう。いずれにせよ日本では、学術雑誌は学会が発行するか、各大学(研究機関)の年報・紀要として掲載されるものという認識がある。通常、学会や各大学(研究機関)の中には、論文編集委員会が設置される。論文編集委員の中から査読者を選ぶときもあれば、編集委員が最適な査読者に声をかけ依頼するときもある。論文を投稿するときに査読に最適な人を著者自身に推薦してもらい、そこに名前が挙がった研究者に査読を依頼するときもある。ちなみに、年報・紀要は査読がない場合が多いので、査読に落とされた論文を掲載する砦の役割や、機関リポジトリに登録されるため全世界に向けて速やかに発信できる利点がある。

学術雑誌を「学会」の中で刊行する日本とは違い、海外では学術雑誌を「学術出版社」の中で刊行する。教育分野でよく目にする大手出版社はSpringer、Taylor & Francis Group (Routledge)、SAGE、John Wiley & Sonsなどである。また、学術出版社よりも規模は小さくなるが、大学が中心となって発行している雑誌もある。例えば、Brock Educational JournalはカナダのBrock Universityがホストになっているが、誰でも論文投稿できる国際学術雑誌を発行している(https://journals.library.brocku.ca/brocked/index.php/home/index)。日本では1つの学会が基本的に1つの学術雑誌しか刊行していないが、海外の学術出版社はいくつもの学術雑誌を出版している。その学術雑誌1つ1つに、編集委員会(Editorial Team/Board)が設置される。編集委員会の構成は様々で、公開されていないことが多い。一例として、編集委員長(Editor-in-Chief)が論文内容の分野を専門とする編集委員に論文を渡し、編集委員が投稿要領(字数制限など)を守っているか、英文法に問題がないかどうか、論旨が理解できるかどうかを確認した後に、査読者に依頼をかける。

海外の英語論文に投稿したいと思ったとき、学会を探してはいけない。海外にも学会は存在するし、研究大会(国際会議)が終わった後に発表者が投稿できる雑誌もあるが、大部分の雑誌を刊行しているのは学術出版社であり、学会とは別に考えなくてはならない。またそのさい、編集委員会に所属している研究者をよくみることが重要だ。所属している研究者を強く批判した論文を書いたのなら、よっぽど建設的な批判でないかぎりすぐにリジェクトされる。これはEditor-Kickと呼ばれるもので、査読前に編集委員長や編集委員がリジェクトを決めてしまう。逆に、編集委員の研究者が提唱した理論を使い、その意義を積極的に支持した論文なら、査読者が微妙な査読コメントをしたとしても編集委員は「採択」をしてくれるかもしれない。

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論文を出したければ金を払え

通常、日本の学会が発行する学術雑誌への投稿は無料である。かかるとしたらせいぜい頁超過料くらいだろう。英語で書いた要旨にネイティブ・チェックを入れてくれるところも多く、雑誌の印刷費用などは学会が負担している。しかし、学術出版社が発行する海外学術雑誌では、論文発表のために著者がお金を払わなければならない。これは論文掲載料(APC:article processing charge)といわれており、基本的に10万円以上かかる。APCにはいくつかの作業料金が含まれている。1つは英文校正(editing)である。論文が査読に通過した後、学術出版社は文章やレイアウトを校正してくれる。細かな文法ミスだけではなく、意味が伝わりづらい表現を手直ししてより明確な表現を提案してくれるなど手厚い校正がおこなわれる。もう1つは印刷料金である。海外学術雑誌は電子版のみも多いが、紙面上でも発行している。そして、論文購読料の前払いである。学術出版社は論文の著作権を有し、それを販売することで利益を得ている。論文1本閲覧するのに〇ドルかかるといった画面を見たことがある人もいるだろう。論文の購読料として得られるはずだった収益を、著者がAPCとして先払いしてしまうことで、インターネット上で誰もが論文を閲覧・ダウンロードできる。それにより、論文の閲覧数と引用数を飛躍的に上げることができる。このようなやり方で全文無料で閲覧できる論文をゴールドオープンアクセス化された論文という。全ての論文をオープン・アクセスで公表しているSAJE Openでは、採択が決まった時点で1500ドルも支払わなければならない(https://journals.sagepub.com/author-instructions/sgo)。民間会社に依頼する英文校正費も考えれば、1つの英語論文を出すのに30万以上はかかる。海外の学術雑誌に投稿するときは、APCを払わなくてならないのか、それとも不要なのかをきちんと確認しておかなくてはならない。論文査読管理システムとしてClarivate Analytics社が提供しているScholarOne Manuscript(https://clarivate.com/ja/solutions/scholarone/)と呼ばれる有料インターフェースを採用している学術雑誌はAPCがかかる場合が多い。

一方で、APCを求めない雑誌もある。そこでは、オープン・アクセスにするかどうかを著者が選べたり、閲覧・ダウンロードしたい人・研究機関は1つの雑誌(論文1報や雑誌まるごと)を読むのに〇〇円支払うといった購読制を採用したりしている。紙の雑誌を刊行せず、オンライン上でのみ公表したり、無償のオープンソースソリューションであるOpen Journal Systems(https://docs.pkp.sfu.ca/)と呼ばれるフリーのインターフェースを採用している学術雑誌は、APCがかからない場合が多いようだ。しかし、そうした雑誌にかぎってハゲタカである場合が多いので注意が必要である。

論文査読管理システムを採用している日本の教育系学会はまだごく一部しかない。ほとんどの日本の学術雑誌は、論文の査読プロセスがどうなっているのかを知ることができないため、ヤキモキした気持ちになるだろう。論文査読管理システムを採用している海外の学術雑誌では査読プロセスが一目瞭然なので何となく安心できるかもしれない。

業績稼ぎのための粗悪論文に成り下がるか

今後の記事でも詳しく紹介するが、高額な論文掲載料を払わせるハゲタカ出版社(そこで公表されるハゲタカジャーナル)や低質論文にも注意が必要だ。いちど海外の英文雑誌に掲載されると、その論文に記されているcorresponding authorのメールアドレスを使って、ジャーナルへの投稿を勧誘するメールが頻繁に届くようになる。だがそのメールのほぼ10割は詐欺的なハゲタカ出版社か低質雑誌である。このようなハゲタカ出版社や低質雑誌への投稿は、研究職をめざす人たちにとっては消えない傷になる。近い将来、誰がどのくらいハゲタカジャーナルと低質雑誌に投稿しているのかが一覧表示されるときが来るだろう。

ハゲタカ出版社(ジャーナル)や低質論文のデメリットは名誉自傷だけではない。欠点の1つは、そこで公表した論文は誰の目にも止まらないことが多い。英文雑誌の質を保証する1つの基準は、論文がERIC(Education Resources Information Center)に登録されるかどうかである程度決めることができる。もう1つは論文の識別番号であるdoiが付与されるかどうかである。doiは論文の住所のようなもので、doiを検索すると瞬時にその論文を表示させることができる。しかし、ハゲタカ出版社(ジャーナル)や低質論文はERICにも登録されないしdoiも付与されないことが多い。よって、せっかく公表した論文は自己引用しないかぎり闇に葬られることになる。

まとめ

 海外の学術雑誌は日本の雑誌に投稿するのとは仕組みやビジネスモデルが違うので、そのメリットとデメリットを知っておかなくてはいけない。学術出版社の特徴、編集委員会の構成、論文掲載料と査読プロセス管理の方法、査読コメントの質、各ライブラリへの収録は、論文の質とも関わっている。もし選択を誤れば、一生懸命書き上げた論文がハゲタカの餌食になり、無価値なものになりかねない。日本の学会が数多くあるように、海外の学術雑誌も数えきれないほど存在し、粗悪なものを見抜く力が求められている。また、海外の学術雑誌に投稿することが必ずしも価値あるものとはかぎらない。日本の雑誌に日本語で投稿することの意味もよく考えたほうが賢明だろう。